映画「のさりの島」を観て邦画に対するイメージが変わったので語りたい

映画「のさりの島」を観て邦画に対するイメージが変わったので語りたい

2021年8月21日

私、実はいわゆる「邦画」といわれるジャンルの映画が好きではなかったんです。

「邦画」を好きな人ってそれこそ前々からいて、そういった人々に
「邦画」のどういうところが好きかを聞くと、
だいたい雰囲気が良い、空気感が良いとかって話になる。

私は常々、その意味を理解していなかったし理解しようとも思っていなかった。

邦画の「察してほしい」感

自分にとってはその雰囲気や空気感というものの、どこがどのように良いのかわからなかった。
どの「邦画」も、「察してほしい感」が充満していて、そのはっきりしない感じが好きじゃなかった。

なんというか、映画を制作する側がもしも視聴者に「察してほしい」と思っているとしたら、
それってもう、すごく投げやりな気がするんです。

特に「邦画」は映画のラストを曖昧な終わり方にして、
結末や解釈を視聴者に委ねるみたいなものが多い気がしている。
今でも一部の有名監督作品なんかは、そう感じる部分がある。

私の中では映画って、伝えたいものがあるから撮って公開するというイメージがある。
それなのに、なぜはっきりさせないんだろう?
解釈を視聴者に委ねたら、人によって千差万別な解釈になる。

そんな状態は結果として何も伝わっていないし、
私なんかは「その後」どうなったのかを知りたいんですよ。
自分の想像した未来と、その映画の真実がマッチしているのか知りたい。

しかし「察してほしい」感満々の映画は真実にたどり着くことが難しい。
なぜなら「察してほしい」から。視聴者に解釈に任せすぎてるから。

「邦画」はなぜ「察してほしい」のか

それに「察してほしい感」の映画には感情移入がしにくい。
視聴者が自分はこう思う、みたいな薬味を付け足して完成するような映画はそれこそ味気ない。
有名なカレー専門店に入り、一口目を食べる前にいきなりウスターソースを
ジャバジャバにぶっかけるような解釈をする人だっていると思う。

邦画に「察してほしい感」が多いのはなぜか?
その理由はわからないけど、邦画を好きな人はとにかく色々考えまくりたい人が多いのかも知れないよね。

国民性なんかもあるかも知れない。
もしかしたら最近流行りの同調圧力なんて言葉も少しは影響してるのかも知れない。

視聴者しだいで色々な解釈があるのは良いかも知れない。
しかしやはり真実はひとつだと思うんです。
想像力が足りないなんて言い方もされそうですが・・

のさりの島キャッチコピー
「もしもし、ばあちゃん俺だけど」キャッチコピーの周りにあるアイテムにも注目してほしい

「伝わる」か「伝わらない」か。
0(ゼロ)か100かのせめぎあい。
映画にもそういう要素はあるんじゃないかと思うんです。

そんなわけで「察してほしい感」のある「邦画」が嫌いだった。
ちょっと話題は変わるが伏線をばらまきまくって回収しないタイプの映画もちょっとどうかと思う。
「あれって何だったの?」的なヤツ。

視聴している自分としては幸せな映画は幸せであってほしいし、
仄暗い映画はバッドエンディングでもいい。

結末は想像にお任せします、なんてのがどうも好きじゃない。
好きじゃない、嫌いという言い方よりも、もったいないような気がしている。
約2時間という空間に構築された世界が「わからない」であったり
「自由解釈」で終わるのってもったいない

逆にわかりやすいエンタメは大好きです。
「銀魂(実写版)」とか「海猿」ね。製作者のマインドがドゥンドゥン伝わってきます。

映画「のさりの島」はいわゆる「邦画」

そんな察して映画を嫌いな私ですが、今年の6月に映画「のさりの島」を観て
邦画に対する印象が変わりました。

※2021年8月25日追記:のさりの島の紹介記事を書きました。

のさりの島イメージ
主演のお二人。原千佐子さんと藤原季節さん。このメインヴィジュアルが既にサプリメント。

「のさりの島」の監督は山本起也(やまもとたつや)さん。
京都芸術大学で映画学科の先生です。

「のさりの島」はどちらかと言うと「察してほしい」タイプの映画です。
だが、「のさりの島」はいわゆる邦画とはちょっと違う感じがした。

映画を見始めて、少しずつ惹き込まれていきました。
この「のさりの島」、察してほしいことに対してちゃんと理由や小道具、演技を散りばめているんです。

登場人物の表情や、行動、仕草、そのほとんどにちゃんと意味がある。
意味のある演出。
やりすぎ感のある音楽も無い。
時間の流れ方も良い。
順を追ってゆっくりと伝わってくる。
ついでに言うとポスターも良い。
映画ポスターにありがちな脚色しすぎてない。

タイトル的にロケ地の風光明媚な映像を盛り込んでるかと思えば、
そうではなく、そこにあるのはむしろ日常。

だからちょっと考えて、「そういえばあの時」とか少し思い出したら点と点が線になる。
そういう雰囲気、空気感がすごく良かった。

「そこに立ち会いたい」
そんな想いを馳せてしまう映画でした。

「察してほしい邦画」でありながらも、なぜか「察してほしい」感をあまり感じさせない映画
どういうわけかロケグループの雰囲気の良かったであろう環境がなんだか伝わってくる気さえしてきます。

のさりの島パンフレット
実は1人映画しました。やはりパンフレットは購入不可避。

「のさりの島」には日常と自然な空気が漂っています。
実は私は、映画を観るのが大好きですが、その中でもかなり好きだと思える映画だった。

人生観を変えるような映画とは言わないですが、なんか良い。

山本起也監督が日頃は大学で教鞭を執っている方なので、
もしかしたら優等生的な、お手本のような映画の制作フローだったのかも知れない。

でも良いんです、これで。
出来上がりが優しくて・・。

もしメディア化されたら買います。
よろしくお願いします。

2021年の間は割と上映が続きそうなので
最新情報はTwitter、公式サイトで確認できますよ!

・映画『のさりの島』公式サイト
https://www.nosarinoshima.com/

・映画『のさりの島』(公式アカウント)
https://twitter.com/nosarinoshima

私のようなタイプの人がどれくらい世の中にいるかはわかりませんが、
ピンときちゃった方にはおすすめですよ、「のさりの島」。

先ほども書いたが、「のさりの島」は私の嫌いな「察してほしい」映画だ。
でも、ラストのセリフやシーンは良かった。じんわりと琴線に触れた。

実はこの映画が原千佐子さんの遺作となった。
それも影響しているかも知れないが、登場人物のその後の未来が
私が感じ取った結末とおそらくマッチしている。

つまり、解釈を視聴者に任せすぎてない。

そんなわけで、私がずっと心の奥底で想っていた「邦画」の「察してほしい感」。
これに対する印象が「のさりの島」を観て少し変わった。
私の妙な固定観念がのさりの島のおかげで、ととのいましたよ、監督